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「エフェクチュエーション」とは?
不確実性の高い状況において意思決定を下すための思考様式
本コラムでは、アントレプレナーシップマインド(起業家精神)醸成と価値創造のプロセスにおいて、近年注目度合いを増している思考様式、「エフェクチュエーション」の概要について解説します。
エフェクチュエーションとは
エフェクチュエーションの概要
エフェクチュエーションとは、2000年代に経営学者サラス・サラスバシー教授が提唱した意思決定の一般理論です。サラスバシー教授は、新市場や新規事業など、不確実性の高い課題において何度も高い成功を収めている熟達した起業家を対象に、意思決定をテーマとする実験を行いました。その結果、共通してみられた思考様式から見出されたのが、エフェクチュエーションです。
エフェクチュエーションは、プラグマティズムに基づく思考様式であり、大きな特徴として、「予測」ではなく、「コントロール」によって、不確実性に対処することを重視します。
エフェクチュエーションとコーゼーション
エフェクチュエーションに対して、従来型の「目的主導」で最適な手段を追求する思考様式は、「コーゼーション」と呼ばれます。
コーゼーションでは、まず具体的な目的を設定します。いわば、ターゲットとなる市場や機会を定め、照準を絞って矢を放ち、射貫くイメージです。顧客のニーズや、競合の企業や製品、サービスをマーケティングリサーチによって分析し、期待する利益と確度を算出。事業戦略を立てて、計画を詳細化、会計期間ごとに「ヒト・モノ・カネ」といった資源を割り当て、当初の計画を正確に達成することを追求します。成功確度の高いプロジェクトを選択し、資源を集中することで、効率的かつ合理的にビジネスを推進することができます。ステークホルダーに対して、ロジカルな説明をしやすいという特徴もあります。市場環境が人口に比例して拡大するなど、先行きが程度予測可能である場合や、企業が十分な経営資源を保有している場合には、非常に有効な思考様式であり、MBAなどでも取り扱われるような、ビジネスの基本的な考え方とされています。
コーゼーションが内包する問題点
しかしながら、まだ市場にない製品やサービスを創造する、市場を創造しながら事業を拡大するという場合には、市場を厳密に定義する、数値を厳密にシミュレーションすることには困難が伴います。外部環境に事前予測困難な変化が生じると、目的や計画の大幅な修正や撤回を迫られることもあります。
また、起業家や新規事業担当者は、事業の草創期にあたって、必ずしも潤沢な資源を保有しているとは限りません。投入可能な資源に制約がある場合、コーゼーションという思考様式だけでは、行き詰まりを回避することは難しいでしょう。
なぜ注目されるのか
2020年代に入り、コロナ禍やAIの浸透、国際情勢の不安定化などによって、さらに不確実性の高いビジネス環境が常態化しています。
このような環境では、新製品や新サービスの市場投入にあたって、綿密に情報を収集し、慎重に吟味を重ね、目的から逆算して定量的な意思決定を行ったとしても、十分な成果を得らない結果となってしまうことも考えられます。
また、事業計画の推進にあたっても、因果関係の説明が困難な事象が発生したり、複雑すぎて理解しがたい状況に陥ったりしやすい状況です。
一方で、起業家や企業の新規事業担当者は、極めて不確実性の高い環境にありながら、社会課題の解決を通じた事業開発やイノベーション創出、市場創造と非常に成果を求められています。また、企業や個人が、予測される困難へのプレッシャーから、新たなことへのチャレンジに二の足を踏んでしまい、未来の核となる事業やその担い手が育たないという声もよく聞かれます。
エフェクチュエーションでは、不確実性や困難を予測するのではなく、コントロールすることにより、未来を描き、現状を打開するという考え方をします。
エフェクチュエーションの「5つの原則」
エフェクチュエーションでは、不確実性に対処する意思決定の論理として、具体的に5つの思考様式が定義されています。
「手中の鳥」の原則
目的主導「goal-driven」ではなく、手段主導「mean-driven」で何ができるかを発想し、着想します。最初から市場機会や明確な目的がない場合でも、「何ができるか」に着目することで、革新的なアイディアの誕生や眠っている経営資源の活用に結び付けることができます。
「許容可能な損失」の原則
期待するリターンの大きさではなく、失敗した際のダウンサイドリスクを明確にし、リスクが顕在化した際の損失に対して許容可能かどうかを、コミットメントと、アクションの判断基準とします。
アクションによって想定される結果が不確実性、不確定性を伴う場合であったとしても、具体的なアイディアに基づいて行動することが可能となります。
「クレイジーキルト」の原則
コミットメントを提供してくれるステークホルダーとパートナーシップを構築します。「クレイジーキルト」とは色とりどりのランダムな形の布切れを縫い合わせた一枚の布です。
多様な技術や資源、感性をもつステークホルダーとの共同作業により、当初誰も想像できなかった素晴らしい作品を創造することができます。
「レモネード」の原則
"When life gives you lemons, make lemonade"((質の悪い)レモンを手に入れたなら、レモネードを作れ。つまり、災い転じて福と為す。)というアメリカのことわざが由来です。パートナーとの出会いは、思いがけない目的や手段をもたらすことがあります。偶然手に入ってしまったものを受け入れ、「手持ちの手段(資源)」を拡張する機会としてポジティブに捉えなおすことで、新たな行動の源泉とします。
「飛行機のパイロット」の原則
飛行機の中のパイロットのように、自分自身が、「いま・ここ」でコントロール可能なものに集中することで、安全な飛行を実現し、不測の事態への対応力を高めることができるでしょう。未来を予測することで、望ましい結果を得ようするだけではなく、未来はヒトの行いによって決まるものだと考え、コントロール可能なものに作用を与えることを通じて、未来の一部を創造することで望ましい結果に到達するように努力するべきだと説いています。
エフェクチュエーションを実践するには
エフェクチュエーションを実践する上でのポイントを、3点紹介します。
自身や自組織の手持ちの手段を把握し、拡張する
エフェクチュエーションの根底を成す問いは、「私は誰か、何を知っているか、誰を知っているか」です。自身や自組織の「手持ちの手段(スキル)」を棚卸してみましょう。また、その棚卸結果をステークホルダーと対話しながら共有してみましょう。
「できない」理由に対する見方を変える
挑戦したくても(させたくても)それが「できない理由」は、思い浮かんでしまいやすく、気になってしまうものです。
目的があいまいであれば、手段に注目する。失敗を恐れるなら、失敗が問題にならないくらいリスクを小さくしてみる。障害があるなら、むしろそれを取り込んでしまえないかといったことも検討してみると、偶発的な出来事からイノベーションの種が見つかるかもしれません。
実践してみる
自身の事業アイデアが、将来成長や発展の可能性があるかどうか、疑問を持ったり、持たれたりすることもあるでしょう。しかし、エフェクチュエーションでは、事業機会はどこかで発見されるものではなく、自身の行動によって創造されるものと考えます。自動車やデジタルオーディオプレイヤー、スマートフォンといった製品は、消費者のニーズを突き詰めるたけではなく、人々の生活様式も合わせて創造しました。その裏側には、起業家が「手持ちの手段(スキル)」を携えて、事業機会を求めながら活動することで、新たな出会いを獲得し、パートナーシップを構築し、コミットメントを形成していったストーリーがあります。まずは、「誰を知っているか」をうまく活用して、自身の行動領域を広めてみてはどうでしょうか。
まとめ
本コラムでは、不確実性の高い事業環境への対応や、新たな産業の創造、新規事業開発、新商品の企画において注目され、有効な考え方であるエフェクチュエーションについて紹介しました。
コーゼーションが目的を終点とした直線的な価値創造のプロセスであるのに対し、エフェクチュエーションでは手段を起点として、新たな手段(資源)の獲得と、新たな目的の設定による制約条件の集約という循環サイクルによって、新たな企業、新製品、新市場を創造します。どちらがより優れているというわけではなく、状況に応じて適切な思考様式を選択することが重要です。しかしながら、イノベーション創出や社会課題解決という文脈においては、コーゼーションへの過度な傾倒を回避し、エフェクチュエーションという方法論を活かすことが、有効な意思決定となるビジネスシーンが増えていくことでしょう。
参考文献
- サラス・サラスバシー (著), 加護野 忠男 (翻訳), 高瀬 進 (翻訳), 吉田 満梨 (翻訳) 「エフェクチュエーション」 碩学舎、2015年9月
- 吉田 満梨 (著), 中村 龍太 (著) 「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」」 ダイヤモンド社、2023年8月
執筆者
竹松 和友(株式会社情報通信総合研究所 客員研究員/中小企業診断士)
大手通信キャリアにて、プライベートクラウド構築、システム開発(キャリア決済など)、サービス企画、新規事業開発などにのべ14年従事。近年では、IoT・ワイヤレス、モビリティ、新たな働き方、事業共創に関するリサーチならびにシステムコンサルティングも担う。
※所属・役職は執筆時のものになります。
関連リンク
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