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「エフェクチュエーション」の実践
-平凡なアイディアから新規事業を創出する-

本コラムでは、アントレプレナーシップマインド(起業家精神)醸成と価値創造のプロセスにおいて、近年注目度合いを増している思考様式である「エフェクチュエーション」を、新規事業開発のプロセスに応用する方法を事例と共に解説します。

平凡な始まりからの事業創出

エフェクチュエーションとは、2000年代に経営学者サラス・サラスバシー氏が提唱した理論です。エフェクチュエーションは、プラグマティズムに基づく思考様式であり、大きな特徴として、「予測」ではなく、「コントロール」によって、不確実性に対処することを重視します。

サラス・サラスバシー教授は著書で、学生にエフェクチュエーションを教えるにあたり、「成功した起業家の映像を見せて非凡なものを待つよりも、実行可能で、個人的に価値があると考えている、平凡なものに向かって進むよう促すことが有効である。」と語っています。

少し専門的な話題になりますが、エフェクチュエーションは、サラス・サラスバシー教授の師であった組織論の大家で、ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・サイモンの『人工物の科学』を礎としています。

ここでいう「人工物」とは、ヒトの作為により生み出されるモノ、ないしコトのことであり、何らかの目的を実現するために、存在するもの全般を指します。したがって、目に見える工業製品や社会インフラのみならず、文学作品、アートも含まれますし、お金のように目に見えないものや、数学、法律や文化的慣習といった抽象的な概念も含まれます。これらの「人工物」は概念的なものであればあるほど、自然法則の影響を受けず、人と人、あるいは内部環境(すでに外部環境の相互作用によって形作られる)の色合いが濃くなります。この相互作用の連鎖を通じて、市場が形成されていくのです。

そこで、次節からは、人と人の相互作用が色濃く表れやすく、自然法則の影響をほとんど受けない「人工物」の一つであるボードゲームの制作を例にとりながら、エフェクチュエーションの実践例を紹介します。

エフェクチュエーションの実践例

「手中の鳥」を発見する

 エフェクチュエーションに基づくアプローチでは、新製品、新規事業を企画する場合、まず、手持ちの「手段」からどのような効果を生み出すことができるか、つまり、「手中の鳥」に注目します。

「私は誰か」:自分はどのような人物か、どのような特性を持っているか、どのようにありたいか(価値観)

「私は何を知っているか」:自身の知識、スキル、経験、認識

「私は誰を知っているか」:頼ることができそう、あるいはアプローチが可能な人たち

たとえば、起業家が勝負にこだわる性格なのか、コミュニケーションを楽しみたい性格なのかによって、ゲームの方向性は大きく変わるでしょう。

また、過去に体験した事柄、特定の分野についての深い知識や高い技量、さらには、どんな人に遊んでもらいたいかという願望も、ゲームを制作するにあたっての動機や題材となりえます。

そして頼ることができそう人たち、あるいはアプローチが可能な人たち(すなわちパートナーの候補)を知っているかも鍵となります。ゲームクリエイター、イラストレーターといったプロフェッショナルのみならず、試作品を一緒に遊んでくれそうな友人、同僚も重要なパートナーとなるかもしれません。もちろん、資金面の援助や購入希望、ゲームを遊ぶ場所の提供を申し出てくれる組織や人物もパートナーの候補です。

許容可能な損失と偶然のできごと

企業の新規事業開発などでは、マーケットリサーチによって、顧客像とニーズを詳細化し、その規模や期待利益を見積もった上で、条件に合致する対象(ターゲット)を洗い出し、自社のポジションを明確にした上で、アプローチを試みることがあります。例えば、膨大な顧客リストから該当者を抽出し、ダイレクトメールを送信する、電話をかける、営業担当者に訪問させ、競合製品との違いを訴えるといった手法です。これらは、いわゆるコーゼーションに基づくアプローチといえるでしょう。

このようなアプローチの場合、調査費用や営業担当者の稼働、場合によっては製品やサービスの開発費など明確なコストが発生するため、基本的に予測に基づく費用対効果が問われます。裏を返せば、投入費用に対して、期待利益が大きい事業案が選択されやすくなるということです。

エフェクチュエーションでは、「許容可能な損失」の範囲で、何ができるかを考えます。身近なもので非常に簡易な試作品を使ってもらう、模擬的にサービスを提供する、企画書段階で「パートナーの候補」に説明する、といったことが挙げられるでしょう。

ボードゲームに例えるなら、画用紙と白紙の名刺、黒のマジック、駒の代用になるもの、おおよそのルールを書いたメモと、会議室を用意し、スケジュールを確保。そこにかかるのは、数千円程度の調達費用とパートナーも含めた、のべ数十時間という、コントロール可能なコストにとどめられます。

むしろ、その場で得られた「偶然のできごと」は、平凡なアイディアに飛躍もたらすことさえあります。ルールに対する理解の行き違いや、カードの別の使い方を発見するといったことは、小さなイノベーションの種といえるかもしれません。思いのほか酸っぱいレモンであったならば、レモネードを作ることを考えてみましょう。

顧客はパートナー ~パートナーシップを重視する~

エフェクチュエーションでは、パートナーシップの構築と、パートナーのコミットメントの獲得によって、新たな手段を獲得し、新たな目的を創造すると考えます。ここでいうコミットメントとは、「責任を持って引き受ける」「自らに制約を課す」といった意味合いです。

もちろん、市場で取引される製品やサービスである以上、供給者(起業家)と顧客という関係はあります。しかし、それに固執せず、「許容可能な損失」の範囲において、相互に修正可能な提案を示すことができたらどうなるでしょうか。お互いにコミットメントがなされれば、利用可能な資源や事業機会が拡大し、当初はあいまいな形であった製品やサービスが、より具体化されたものとなり、洗練されたビジョンを伴ったものに変容していくことでしょう。

ボードゲームの場合、最初の購入者はしばしばパートナーでもあります。彼らは、パートナーとして、展示会のブースに訪れる、ゲームのルールやデザインにフィードバックをする、新たなプレイヤーを獲得するための行動(知人と遊ぶ、SNSで拡散する)といった行動を自発的にしてくれるでしょう。また、新たな遊び方を発見してくれたり、事業のメンバーに加わったりするなど、様々なコミットメントを提供してくれることもあるでしょう。

まとめ

本コラムでは、不確実性の高い事業環境への対応や、新たな産業の創造、新規事業開発、新商品の企画において注目され、有効な考え方であるエフェクチュエーションの実践における考え方と実例について紹介しました。

最後に、エフェクチュエーションで最も重要な「コントロールによって望ましい結果を導く」について触れます。

エフェクチュエーションが有効に活用できるのは、これまで述べてきた、「目的があいまいな状況」に加えて、
(1)「真の不確実性」:結果についての確率判断が不可能
(2)「環境の等方性」:意思決定や行為において、どの情報に注目に値し、どの情報を無視するかが事前にはわからない
という状況です。
仮に市場調査から、数十万人が新たなボードゲームを購入する可能性があるという結果が出たとしても、それだけでは、よほどの覚悟がなければ二の足を踏んでしまうことでしょう。無理に挑戦しても、大量の在庫を抱えてしまう懸念があります。まずは、外部環境が明確に定義できる、すなわち、それぞれの企業の努力によってある程度の市場が成立するまでは、エフェクチュエーションに基づき、実効性を高め、市場を創造する取り組みが欠かせないでしょう。

また、「真の不確実性」「環境の等方性」は、内部環境においてもしばしば生じます。パートナーのコミットメントが多様である以上、パートナー自身の事情(ライフイベントや志向の変化)は無視できませんし、企業戦略の変更や組織内の人事異動などが、事業に与える影響は多大なものがあります。これらはもちろん事業の「失敗」の引き金になってしまうこともあります。しかしながら、「起業家」としてはこれらも含めた予測困難なイベントを「エフェクチュアル」に捉えるような思考様式が必要ではないでしょうか。

参考文献

  • サラス・サラスバシー (著), 加護野 忠男 (翻訳), 高瀬 進 (翻訳), 吉田 満梨 (翻訳) 「エフェクチュエーション」 碩学舎、2015年9月
  • 吉田 満梨 (著), 中村 龍太 (著) 「エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」」 ダイヤモンド社、2023年8月

執筆者

竹松 和友(株式会社情報通信総合研究所 客員研究員/中小企業診断士)
大手通信キャリアにて、プライベートクラウド構築、システム開発(キャリア決済など)、サービス企画、新規事業開発などにのべ14年従事。近年では、IoT・ワイヤレス、モビリティ、新たな働き方、事業共創に関するリサーチならびにシステムコンサルティングも担う。

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