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「優秀な人材」の定義とは?人材育成のプロに聞く、これからの時代に求められるハイパフォーマー分析―後編
先を見通すことが難しい「VUCAの時代」。自然発生に頼ることなく、計画的に優秀な人材を育成し、数を増やすことが企業にとって今まで以上に重要な課題となっています。
今回は、株式会社T&Dコンサルティングの増子裕介氏へのインタビュー「後編」です。著書『「ハイパフォーマー思考 高い成果を出し続ける人に共通する7つの思考・行動様式」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)以下、書籍』の内容に触れつつ、「優秀人材とは何か」や「優秀さ」を見える化する独自メソッド「ハイパフォーマー分析」について、より詳しいお話を伺いました。
前編
https://www.nttbizsol.jp/knowledge/labor-force/202310051100000944.html
優秀の定義は変わる。だから「アップデート」が必要
優秀な人材は、組織の上位2割を占めていると言われています。継続的かつ安定的に高い成果を上げる「言われなくてもできる層」で、増子氏の著書において「ハイパフォーマー」と表現される人材です。
とは言え、ハイパフォーマーの優秀さを定義することは、非常に困難です。その理由は「優秀さの定義が、環境や時代によって変化するため」と増子氏。
現在は、テクノロジーの急速な発達やグローバル化を背景とする、将来の予測が困難な時代(VUCAの時代)と言われています。
このような状況下では、求められる優秀さが急激に変化するため、ビジネスパーソンには定期的な「アップデート」が求められます。
知識やスキルだけを求めてはいけない理由
「ビジネスパーソンのアップデート」と聞くと、一般的には「新しい知識の習得」や「スキルアップ」をイメージされることでしょう。実際に、近年では「リスキリング」が注目を浴び、国内外を問わず、取り組む企業が増えています。
そのような取り組みは間違いではない反面、新しい知識やスキルの習得が、うまく成果に結びつかないケースも少なくありません。
具体的には、「知識やスキルの習得にかけた時間・費用に対して効果が低い(コストパフォーマンスが悪い)」「身につけた知識やスキルがうまく活かせない」等といった事態が発生しがちなのです。
増子氏はその理由について「そもそも知識やスキルの土台がアップデートできていないため」と語ります。
つまり、土台(基礎)がアップデートされていない状態で、新しい知識やスキルを追加しても、十分に効果が発揮されないのです。
ビジネスパーソンの「OSとアプリ」とは
増子氏は著書の中で、知識やスキルを「アプリ」、その土台(基礎)を「OS」に例えます。
先ほど「優秀さの定義は、環境や時代によって変化する」と紹介しましたが、これは「状況に応じ、優秀とされる知識やスキルが変わる」つまり「それぞれの状況で求められるアプリは変わる」ということです。
それでは、知識やスキルの土台(基礎)である「OS」は何を意味するのでしょう。それは「思考・行動様式」です。
パソコンやスマートフォンと同じく、アップデートされた適切なOS(思考・行動様式)があるからこそ、新しいアプリ(知識やスキル)がインストールでき、適切に動作するというイメージです。
増子氏は、アップデートすべきOS(思考・行動様式)を特定するための第一歩として「ハイパフォーマー分析」を提案しています。
ジョブ型雇用の注意点
近年、経団連や政府が「ジョブ型」を推進しています。
欧米企業に倣い、「スペシャリストの採用・育成を強化する」流れです。「日本はこれまで『メンバーシップ型』でゼネラリストの育成に力点を置いてきたが、今後はスペシャリストを計画的に育成すべき」という主張です。
しかし、「スキルは陳腐化するリスクがあることに注意しなければならない」と増子氏は語ります。
電話交換手やタイピストなど、テクノロジーの発達に伴ってスキルが陳腐化し、消滅した職業が存在することも歴史上の事実です。特に、近年はAIの急速な発達によって、ホワイトカラーのスキルも短いスパンで価値がなくなる可能性すら考えられます。
つまり、これからの時代のビジネスパーソンは「特定の知識・スキルを習得しておけば安泰」ということは決してなく、絶え間ないアップデートを前提にしなければなりません。
組織の中間層を底上げする「ハイパフォーマー分析」
組織の人材は、「言われなくてもできる層」「言われればできる層」「言われてもできない層」の3層に分かれると言われています。
「言われなくてもできる層」は、組織の上位2割ほどを占めている優秀な人材で、「言われればできる層」は、組織の中間層で、6割を占めています。
中間層は「成長したい意欲はあるものの、意欲に見合った正しいメソッドを十分には理解できていない」層であると増子氏は分析します。
このような組織の中間層こそ、「ハイパフォーマー分析」に基づくOS(思考・行動様式)の底上げが期待できる層なのです。
ハイパフォーマー分析とは?
ハイパフォーマー分析とは、組織の「言われなくてもできる層=ハイパフォーマー」の思考・行動様式を抽出し、他の人材にも実践してもらうメソッドです。
電通在籍時、増子氏はハイパフォーマー分析によって、電通の海外拠点13社で、人事・人材育成面での企業改革に成功。エージェンシー・オブ・ザ・イヤーの受賞や、順位の上昇につながりました。
その成果を受けて、電通本社における人材育成スキーム改革プロジェクト「Dentsu Gene」が実施されました。
2021年に増子氏は、株式会社T&Dコンサルティングを立ち上げ、コンサルティング業務の一環として数々のクライアント企業に対して、ハイパフォーマー分析を実施しています。
人材育成面における成果のみならず、「社員エンゲージメントの向上」「離職率の低下」「採用ミスマッチの低減」といった副次的な効果も実証されています。
詳しい詳細は前編を参照ください
「具体的な記述」の重要性
ハイパフォーマー分析において重要なことは「具体的な記述」と増子氏は言います。つまり、ハイパフォーマーから「具体的な思考・行動様式を抽出し、言語化する」ということです。
たとえば、増子氏が関わった電通インドネシアでは、ハイパフォーマーから「クライアントから注文がなくても、自主的に企画を考えて提案する」という思考・行動様式を抽出しました。
この行動を実践した社員たちを、売上とは関係なく評価する仕組みを導入したところ、組織全体のパフォーマンスが大幅に向上したのです。具体的に記述された思考・行動様式は、他の社員たちが真似できます。
反対に「顧客ファースト」「リーダーシップ」「イノベーティブ」等、抽象的な単語レベルで思考・行動様式を言語化しても、他の社員たちにとって真似ることが難しく、思考・行動の変容には結びつきません。
5つのステップで思考・行動様式を浸透させる
ハイパフォーマー分析では、「成果に結びつく思考・行動様式」を、5つのステップで組織全体に浸透させます。
5つのステップは以下のとおりです。
- 対象者の選出
- インタビュー
- インタビュー分析
- 分析結果の集約
- 理解・浸透施策の開発
具体的には、組織におけるハイパフォーマー(対象者)を選出し、インタビューを通じて特徴的な思考・行動様式をあぶり出します。インタビュー内容はプロの手によって一言一句まで文字起こしされ、詳細な分析を行いますが、1人のインタビューからおよそ30〜50の思考・行動様式が抽出されます。
複数のインタビュー結果を比較対照し、掛け合わせることによって、成果に結びつくことが期待できる「普遍性のある思考・行動様式」を言語化していきます。
膨大な時間を要するこのプロセスを、一部でもAIに任せられないかと考えた増子氏。しかし、現在のAIが持つ精度では思うような結果が得られず、当分は人間が実施するしかないことがわかったそうです。
そして、最終段階となる「理解・浸透フェーズ」では、個々の企業や組織特有のカルチャーを踏まえながら様々な工夫を凝らし、大多数を占める「6割の中間層」に対して、思考・行動様式の変容を促します。
クリエイティブな人事の可能性
地味な仕事と捉えられがちな人事ですが「大きな可能性を秘めており、実はクリエイティビティも発揮できる」と増子氏は語ります。
実際に、増子氏は電通の人事局在籍時に大きな成果を上げ、その経験を通じて確立した「ハイパフォーマー分析」というメソッドを活用し、多くのクライアントで企業変革に取り組んでいます。
「ハイパフォーマー分析」のようなクリエイティビティあふれる手法を取り入れることで、時には財務・経理以上の成果を期待できるーーそれが、人事領域に秘められた大きな可能性なのです。
日本の組織・社会の現状と未来
バブル崩壊から現在に至る日本の状況は「失われた30年」とも表現されます。
増子氏は、「最もバブルを謳歌していた企業」とも言える電通に新卒で入社し、日本経済が坂道を転がり落ちる様子をリアルに経験しているからこそ、常に危機感と問題意識を抱いてきました。
実際に他の先進国と比較して、日本の一人当たりGDPや生産性は著しく低く、企業がポテンシャルを十分発揮できているとは言いがたい状況です。
一方、PISA(国際的な学習到達度調査)における日本の順位は、「科学的リテラシー:1位、数学的リテラシー:2位、読解力:11位」と、決して低くありません。
増子氏は「PISAだけでなく、個別に見ると日本にはユニークな企業やハイパフォーマーも多い。ポテンシャルはあるのだから、やりようによってまだまだ伸びるはず」と語ります。
年齢を重ねてもアップデートできる「OS」
増子氏は、「年齢に関係なく知的体力を進化・成長させることができる」と考えています。
増子氏自身、20年の営業経験を経て40代半ばで人事部門に異動。海外プロジェクトで高い成果を上げて「ハイパフォーマー分析」を確立し、56歳で独立起業を果たしました。日本を代表する浮世絵師・葛飾北斎も、世界的に有名な「富嶽三十六景」を描いたのは70歳を過ぎてからで、最晩年の89歳まで技術を磨き続けました。
ただし、知的体力の進化・成長には「OS=思考・行動様式」のアップデートが必要で、これこそがハイパフォーマーになるための第一歩です。
ですから、年齢とともにナレッジを積み重ねつつ、定期的にOSをアップデートしている人材は、企業にとって「貴重な資産になり得る」と言えるでしょう。
日本では、一律に年齢でリストラを図ろうとするケースも散見されますが、このような人材を見極めて活かさない手はありません。
社員一人ひとりが定期的にOSをアップデートしつつ、同時に、年齢を重ねても成長意欲のある人材を、しっかり活かす土壌を整備することが、未来に向けて重要となっていくことでしょう。
「腹落ち」で思考・行動が変わるーーハイパフォーマーがもっと増える未来へ
「OS(=思考・行動様式)」のアップデートには「腹落ちが必要だ」と増子氏。頭での論理的な理解だけではなく、心が動いて自分自身で「思考・行動を変容させたい」となることが必要なのです。
そのため自身の著書においては、実在するハイパフォーマーのインタビューに基づき、可能な限り具体的な事例を紹介する「ファクトベース」を意識したと言います。
著書には企業のハイパフォーマーのみならず、大谷翔平や村上春樹、タモリ、スティーブ・ジョブズ等、誰もが知る著名人の事例も多数登場します。
さらに、読んだ人が実践しやすい「時間軸を伴ったステップ論」、すなわち「この順番で取り組むとうまくいく確率が高くなりますよ」という著述形式をとったことも、増子氏が工夫したポイントです。「ライブならではの"腹落ち"を感じて欲しい」との想いから、セミナーやイベントも実施しています。
「ハイパフォーマー分析を少しずつ広めていけば、日本全体の成長に寄与できるのではないか。それぐらいのパーパス感を持って取り組んでいます」と増子氏。日本企業がグローバルの舞台で輝きを取り戻すことができる未来を実現するため、増子氏は精力的に活動を続けています。
著書紹介
「ハイパフォーマー思考 高い成果を出し続ける人に共通する7つの思考・行動様式」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
本書では、1,000人の優秀な人材(ある分野・集団で、継続的に高い成果を上げている人材)の分析を通じ、その秘密に迫っています。エビデンスに基づく、具体的な内容が記載されているため、誰もが実践できる点が大きな特徴です。
【著者紹介】
増子裕介(T&Dコンサルティング代表取締役)
東京大学卒業後、株式会社電通に入社。約20年の営業生活を経て、2008年に発足した社長直轄セクションの立ち上げに参加。「海外拠点を人材面から強化する」というミッションにゼロから取り組み、ローカル社員を包含する人事・人材育成の仕組みを開発し、13の拠点に導入。複数の拠点がエージェンシー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、目に見える成果につながった。電通本社においては新規人材育成プロジェクトを推進し、継続的に高い成果を上げている社員に共通する「能力」の見える化に成功。独自メソッドに基づく人事コンサルティングに専念すべく、株式会社T&Dコンサルティングを立ち上げ、現在に至る。
事業協同検討パートナーとしてNTTビジネスソリューションズで「キャリアナビゲーションtotoma」の開発に携わる。
関連リンク
キャリアナビゲーションtotoma
https://www.nttbizsol.jp/service/totoma/
キャリアナビゲーションtotomaに関するお問い合わせ
https://form.nttbizsol.jp/inquiry/totoma
「ハイパフォーマー思考 高い成果を出し続ける人に共通する7つの思考・行動様式」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
https://d21.co.jp/book/detail/978-4-7993-2920-7
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